竹田津実 「北の森の診療所だより」

第2回 騒々しい月、8月

8月。北国の自然は、そこに住む人々にそのあり様を過剰に押しつける。
木の葉を通してそそぐ陽光は、すべて緑の色彩をふくんで地上に。
診療所に通ずる小道も、裏山の散歩道も、ある所はうっすらと、またある所は
色濃く緑の影に染められている。見上げると木々の緑は
天空を緑いっぱいにして、今は自分たちの天下だと告げている。

窓ごしに見えるベランダにぬぎすてた山靴に、
枯葉がくっついているのが見えた。
木々の間を通りぬける風に、時々ひらひらとゆれている。
でも何かちがうと誰かがささやいた。ささやいたのが眼であったか
過ぎる風であったか。そこで少し近づく。
不用意な近づき方だったのか、相手が突然反応した。
飛んだのである。舞ったのではない。
四方に散るといった表現がぴったりの消え方であった。
キバネセセリの一群と気づいた。
私は素足で靴をはくのが好きだ。そのためか汗をかくとその臭いか、
含まれる塩分に引き寄せられるらしい。
そういえば数日前車庫に並べたレンガに、セセリチョウの一群が
集まっていたのを思い出した。セセリチョウの発生期である。
林の木々の中にハリギリの木がある。
キバネセセリの幼虫はそれが食草であることを思い出していた。
しばらくそっと観察していると次々と帰ってきた。
最大頭数……チョウは一匹とか一羽とかは言わず一頭、二頭と数えるのが
おかしい、とついでにつぶやき……23頭と数えた。

そこで庭に出ることにする。
庭のブラックベリーの花が満開だったことを思い出したからだ。
毎年その白い花がセセリチョウのレストランとなっていることを知っていた。
今年も変わらず、どの花にもキバネセセリの姿があった。
この季節、我が家はセセリチョウの中にあった。

そういえばその前10日間は、我が家はエゾゼミ、コエゾゼミの支配下にあった。
朝早くからギーギーと低く、高く鳴く。
朝寝床の中で聞く耳鳴りのような低い音が一日の始まり。
日中は地鳴りにも似る。
太陽が西の山に沈むまで、セミの鳴き声は我が家で聞く音の全てに参加する。
夜がゆっくり降りて私たちが音のない世界に在ると、
それから初めてセミから解放されたと実感するのである。

ある日その騒音の中にカラスが参加する。
あの声もあまり好きではないと見上げる日々。
そして目にしたのがカラスたちの狩りであった。セミを狩っているのである。
裏山に群れるカラスの数が100を超えた日、エゾゼミの季節が終わった。
狩りつくされてセミたちの短い夏が終わる。
10日が過ぎると秋の風。
それにしても8月は騒々しい月である。