竹田津実 「北の森の診療所だより」

第3回 冬じたくに忙しい、9月

9月。忙しい月となる。

近くの十勝岳に出かけると、
先月までは霧の深い日だけ気配をみせたナキウサギの、
今日は腰を下ろすと、あちこちで走りまわる個体を目にする。
みんな口々に冬の食糧にしようと、
好きなものを干場と決めた岩かげに運んでいる。
自分の身長ほどのイワブクロをエッチラコと運び、
エゾリンドウの大株を刈って取っている。
エゾイソツツジの群落と、干場との間をピストン作業する個体は、
なぜか大きな足音をたてて通っていった。
口いっぱいのイソツツジの細い葉をみて、
急に口の中になつかしい味がいっぱいに広がるのがおかしかった。

というのは数年前、友といっしょに
カナダ・ユーコンをカヌーで旅した時の思い出。
おかしかったのは、風景でも水の冷たさでもなく味だったからだ。
それは、川旅のとちゅうとちゅうで立ち寄る岸辺に群生する、
エゾイソツツジの味だった。ポーターが決まってする仕事として、
上陸すると薪となる倒木や流木を集め火をつける。
その上に水いっぱいの大なべをつるす。その中に
あちこちに繁茂するエゾイソツツジを刈り取り、ざぶんとほうり込む。
ユーコン・ティといった。これがまた不思議な風味で、
川旅のある種の疲れにぴったりの相性をみせる。
おいしかった。
君もあの味を楽しむのかネと、急にナキウサギが身近に感じられてうれしい。
それにしても、あれはじつにおいしかったなあ。

ナキウサギと同じレンジを共有するシマリスも忙しそうだった。
冬眠用のえさを自分の巣穴の奥深くに貯蔵する作業。
その日は、イタドリの実をせっせと運んでいた。
ときおり二種の働き者の足音にさそわれて、
オコジョがチラチラと姿を見せた。
そのたびに、老人には決して軽くないカメラをあちこちと移動させ、
忙し気に働く勤労者にふりまわされて、満足をしていた。
帰途、キトウシの山の公園を通ったらイチイの木の下がまっ赤だった。
何事と近づいてみると、赤く色づいた実が根元を染めて落果している。
手にとってみると、どれも仮種皮と呼ばれる果肉で、かたい種子はなかった。
そこで、と夕方まで公園のイチイの木の下で過ごす。
種子を盗んだ(?)のはシマリスであり、ヤマガラだった。
これもまた冬眠食として、それぞれの貯蔵庫にピストン作業を続けた。
それにしても……イチイの種子は毒を含む。
中毒で病院に運ばれた人もあると聞く。
獣医師としては新しいタイプの患者があらわれるのでないかと期待した。
業である。だが一頭も登場しなかった。残念。
9月は冬じたくに忙しい日々で過ぎてゆくのである。