竹田津実 「北の森の診療所だより」

第8回 大忙しの患者、2月

今日は気分がいいらしい。朝からゲラッピーの声がひびいてくる。
ゲラッピーは入院患者のキツツキのこと。二羽である。
我が家では入院患者に名はつけないことにしている。
妙に情がわいて退院のチャンスを失ったことが過去に何度かある。
今日は雨だとか、風が強い、所用ができた、
果てはもっといい日があるはずだとずるずる延びて、
退院をやめることにしましたと、
当の患者から主張されることになったこともある。
名をもらった患者のことが多い。
別れがいやだとは言わないが、それらしい雰囲気のなかで物事が動く。
そこでと決めた。入院患者は名無しにする。カルテ番号で呼ぶことと。
 
ゲラッピーは例外である。
ゲラ1はアカゲラ、右眼の視力がない。放すと視力のある左眼で飛ぶ。
時計回りに回転しながら落ちてゆく。
片眼で飛ぶとはこういうことです、と私たちに教える。
ゲラ2はオオアカゲラ、脳に障害をもつ。
放すと2回の羽ばたきで、なぜか落下する。
垂直に嘴を地面に突き刺すように落下する。
これは怖い。地面が硬かったらと思っただけで青くなる。
入院して長い。ゲラ1は19年、ゲラ2は17年となる。
両者ともに入院室は玄関。
我が家ではどうも長期の患者は最終的には部屋は玄関となる。
少しは仕事をしてもらいたいと私が考えるからだ。
どの患者も長く住むとそこが自分の城だと考えるらしい。
結果として外からの客人を区別する。対応する声が違うのである。
そして私たちに知らせる。
私の部屋は玄関から一番遠い。でもそこまで来客の種や数、
果ては好き嫌いまで知らせてくれるのだから、ありがたい。
エゾシカが走ってます、鳥の群れです、ベニヒワみたい、
タヌキがのぞいています、なんとも騒々しい。人間の子どもです、それも数が多い、
あっ! こんどは仲間です、うれしい。



あげく夜半「テンです、クロテンが来ています」と、私たちをたたき起こす。
それぞれに声の音質が違う。
ゲラ1は高くソプラノ、ゲラ2はバスである。
合唱してたたき起こす。



一年前の正月過ぎ、ゲラ1が木にとまらなくなった。
足が弱くなってとまることができないのだ。
とまり木として用意した木の元で眠るようになった。
自然界では、それは許されるはずがない。
すぐに、生きてゆけませんと告げられる。
5か月後。こんどは木をつつけなくなった。もう体力がないのだ。
結果、嘴がどんどん伸びてきた。



ハチドリだ、と久しぶりに帰ってきた末娘がいった。
ほんとにハチドリそのものである。大形だが……。
キツツキが木をつつけなくなると、嘴を研ぐチャンスを失うことを知る。
ゲラッピー1は一ヶ月に一度、伸びすぎた嘴を切ってもらっている。
そうでないと長すぎる嘴で動きが制限されるのである。

入院患者は最後の役目として、私たちに老いの現実を毎日教えている。