竹田津実 「北の森の診療所だより」

第9回 雪が氷雨となる、3月

ベランダに置物がある。近くに住むお百姓さんの山崎伸一さんが持ってきた。

「先生の庭に一番似合うから」というのが理由である。


ジョッキを片手に、うれしそうなおとうさんの像である。

酒屋の店先にあったものだそうだ。

足元の大きな樽に水を溜めると、夏の間小さな水場となって

自然のお客さんたちの、給水場、浴場、遊び場となっている。

その名残か、冬でもお客さんたちは決まって立ち寄ってゆく。


シメやコゲラ。



今冬は雪が早かった。10月28日のそれが根雪となった。

雪の早い年はエゾクロテンが早くやってくる。

山の雪に追われて里に来ると言われている。

だが自然界はいつも例外を用意する。

今冬がそうである。

クロテンが来たのは2月の中旬であった。
おとうさんがジョッキを持つ手に、時々ぶら下がって遊んでいるといって

客人を喜ばせた。それが遅れてきたクロテンの仕事だった。

昨年と同じ個体であった。

足跡から連れがいることがわかった。



3月は北国でも春である。夜でもせいぜい氷点下10度前後。

そこで裏のドイツトウヒの森でいっしょに遊ぶことにした。

椅子と机を持ち出し、ブラインドを張る。

赤色のランプをつけ、彼らのあとを追う。

ベランダのすぐそばにある、積んだシイタケのほだ木の中と、

トウヒの森の倒木の下が彼らの冬の住み処である。

毎夜、3時間あまりいっしょに遊ぶ。




彼らは夜の森は自分たちの世界であることを知っている。

暗くなると、私がブラインドを出ても知らん顔。我がもの顔である。


雪の夜の森は自分たちのものと決めている。



ある日、雪が氷雨に変わった。


冬が終わったと、枝々につく氷が風に吹かれて


チリチリと合唱を始めている。



そんな日、積雪の少なくなった倒木のかげをのぞいたら、
羽毛の塊があった。
エゾライチョウのものらしい。
ウッヒッヒとうれしそうに食べるクロテンの姿が目にうかんだ。