竹田津実 「北の森の診療所だより」

第11回 流れる水があたたかい、5月

雪が降らなくなって久しい。
ある年、5月22日に23センチの大雪が降った。驚いた。
タイヤを夏用に代えていたので、みんな困った。
でもなんとかなって、いま考えると楽しい思い出となっている。
水ゆるむ季節となって、しろかきのトラクターの音が心地よく聞こえる。



そこでと、道北にある川をのぞくことに決めた。
この季節、ときどき出かけている。
その川は深い森の中を流れている。
あたりはコマドリの大合唱で、これほどの数が
まだ集まる地が残っていたかと感動する。



ところどころに残雪があるものの、流れる水はあたたかい。
エゾノリュウキンカの黄色や、ミズバショウの白い花が水の中で春を楽しんでいる。
雪どけの増水で行水しているらしい。
カムチャッカの旅で買ったロシア製の長ぐつが重宝する。
足のつけ根までとどくその長さにときどき閉口するが、
折ったり伸ばしたりの手間も近頃は楽しむようになっている。



川の中に足を入れたまま、近くチシマザサの茂みに体をあずけて休んでいると、
目の前をゆっくりと遡上する魚体を見る。
婚姻色で体を赤く染めていた。
ヒトは恋の季節は恥ずかしげに顔を赤く染めると聞いているが、
その魚体はいまが結婚適齢期ですと主張している。
イトウである。体調は50センチ余り。
私の大好きな開高健さんが、はるばるモンゴルまで出かけたという、
幻の魚と言われて久しい。
でもこの地に住む者にとっては、
雪どけの頃決まって話題になるふつうの魚である。



一般にサケ科の魚は産卵を終えて一生が終わる。
だがこのイトウは毎年産卵を繰り返す。
そのため、年々その体は大きくなる。
メートル級のものが、かつてはそう珍しくなかったと聞く。
そんなことより、その悪食(?)に驚く。
胃の中から見つかるのは、ふつうはワカサギなどの小魚だが、
時としてヘビや野ネズミなどが登場するから、次々と伝説を生むのである。



帰り、近くの小川に立ち寄ったら、先の稚魚の群れに出会った。
母なる川からの旅立ちである。

桜の季節の真打を勤めるチシマザクラが満開となって5月が終わる。