6人の作家によるショートショートの扉

第三回 ウサギとカモと…… 森下一仁” border=

 お天気のよい日、ウサギは森を出て野原にやってきました。
「気持ちがいいなあ。どこまでも走ってゆけそうだ」
 ウサギはぴょんぴょんかけ出しました。
 ずっといくと、池がありました。ウサギは立ちどまりました。
 池の岸にはカモが何羽もいます。ウサギはカモたちの真ん中へぐんぐん歩いてゆきました。
 カモは迷惑(めいわく)そうに立ちあがり、よたよたとわきへよけます。そのようすを見て、ウサギはいいことを思いつきました。
「カモさん、ぼくとかけっこをしよう」
「かけっこ?」
 カモは首をかしげました。
「そうだよ。かけっこだよ。あそこに丘(おか)があるだろう」
 ウサギは野原の先を鼻で指ししめしました。池から200メートルぐらいはなれたところに、おまんじゅうが半分地面に埋(う)もれたようなかっこうの小さな丘が見えます。
「あの丘まで、どちらが先に着くか、競走するんだ」
「かけっこというのは、地面のうえを走るんだよね」
 カモが聞きました。
「そうだよ。決まってるじゃないか」
 ウサギは、そんなことも知らないのか、という顔で答えました。
「それはちょっと……」
 カモはこまった顔をしています。
 ウサギは心のなかでニヤリとしました。かけっこに勝てば、ますますよい気分になるでしょう。
「いいじゃないか。走れるんだろう?」
 とウサギ。
「でも……」
 カモはすごくこまっています。
「やろうよ、かけっこ」ウサギはスタートの構えをしました。そして、「よーい、ドン!」
 勝手に走りだしてしまいました。
 しかたなく、カモもあとにつづきます。
 カモだって走れるのです。でも、何歩か進むと、からだが自然に浮(う)きあがってしまいます。カモが走るのは飛びたつための助走なので、長くはかけられないのです。
 飛びたちそうになると、カモは足にブレーキをかけ、地面からはなれないようにしました。それがかけっこのルールだからです。かけては止まり、かけては止まりで、なかなかスピードが出ません。そんなことをしているうちにウサギはどんどん先へいって、丘のてっぺんに着いてしまいました。
「やあやあ、やっぱり下手な走り方だなあ」
 ウサギはわらって、ようやくたどりついたカモにいいました。
「しかたないんだよ。地面を走ろうとしたら、からだが浮きあがって、こんなことになってしまうんだよ」カモはふうふういって弁解しました。「でも、かけっこ、たのしかった」
 そういうと、カモはさっさと空にまいあがり、どこかへ飛んでいってしまいました。
 ウサギはそれをポカンと見おくりました。そして、また池へもどりました。のどがかわいたのです。
 池にはもうほかのカモのすがたもなく、そのかわり、水辺の岩のうえでカメが日なたぼっこをしていました。

 水をのむウサギを、カメはうす目で見ています。
 ウサギがひと息つくと、カメが声をかけました。
「ねえ、ウサギさん」
「なんだよ」
 かけっこには勝ったけど、なんだかつまらない気分のウサギは不機嫌(ふきげん)に返事しました。
 カメは首をのばして、池の真ん中を指ししめしました。
「あそこの島まで、泳ぎっこしようよ」
「えっ!」ウサギは思わずうしろ足で立ちあがりました。「泳ぎっこだって?」
「そうだよ。さあ、いくよ!」
 カメはちゃぽんと水に入ると、すいすい泳ぎだしました。
 ウサギは岸に立ったまま動けません。
 みなさんは知っているでしょうか。ウサギは泳ぐことができないのです。どうしても、水に入ることができないのです。
 カメは島をめざしてゆうゆうと泳いでゆきます。そのすがたを、ウサギはじっと見おくりました。池の表面は空をうつして、青くかがやいています。よいお天気なのです。

 さて、この次、ウサギとカメが出会ったときのことは、イソップという人が書いてくれています。みなさん、ご存知ですね?

森下一仁

1951年高知県生まれ。1979年、SF専門誌「SFマガジン」に短編を発表してデピュー。創作、評論を手がける。ショーショート作品集に『夢の咲く街』『平成ゲマン語辞典』、ジュヴナイルSFに『「希望」という名の船にのって』などがある